第二天 台北、富貴角、金山

ガイドブック、地図持たずに出発  走行58キロ


5月13日

朝8時に起床 ちょっと寝すぎてしまった。

実は昨日の夜、雷雨が酷くて朝方少し寝れた程度

今日から自転車で走り始めるのにまだ雷様がデンデン太鼓を叩いている。

まぁ台湾は年間200日は雨だからこれが普通だと思わなくちゃいけない。

 

朝からビールを飲んで華陰街の店で搾醬麺と陽春麺を食べた。

雨が落ち着いてきたので宿に戻ると寝坊のJongも起きていた。

そして猫のミミ18歳もいた。

ゲバラがこの隠れ家を利用する理由はこの猫にある。

オレはミミが好き。 ミミもオレが好き。

相思相愛の間柄。

これが人間のメス18歳だと大問題になる。

 

開渡大橋
開渡大橋

10時、Jongの宿を出てMRTで開渡駅に向かった、台北市の北10キロにある開渡大橋を渡ると蛙珈琲というお店があり、カフェを営む傍ら非営利で自転車の貸出サービスもしていてこの旅のスポンサーでもあります。

 

蛙珈琲に着いて整備士と自転車の微調整なんかをしてたらもうお昼を過ぎた。

ううぅ 今日は台湾の最北端を周って台北から九份までの91キロ間を走る予定で最後には結構な山越えがあるけど 大丈夫か?

 

自転車のバッグに荷物を移し替えさぁ出発となるところでまた一つ大きな問題が、

 

バッグが閉まらないのです。

 

今回、撮影機材を充実させたせいで相当の容量を占有してしまい、最低限の衣服ですら入りきらなくなってしまった。

時間も迫っていたし、前輪に荷台を取り付ける時間も無い、仕方なくガイドブック、特製地図、トレーナー1枚を置いていくことにした。

特に特製地図を置いていくのは断腸の思いだった。

 

今回は「頭に叩き込んだ地図」と「メモ用紙」のみを頼りに旅をする事になった。

 

旅の相棒 謝謝台湾号
旅の相棒 謝謝台湾号

台湾を縦断する自転車は謝謝台湾号と申します。

別に名前を付けなくても変わらないのだけど、一人で走るから自転車に名前をつけたほうがなにかといいんです。

 

ゲバラと謝謝台湾号は大幅な遅れを取り戻すべく出発した。

 

とにかくペダルを漕ぐことだけに集中しないと後々大変な事になる。

 

迷って砂浜に出てしまった・・
迷って砂浜に出てしまった・・

しかし、後々どころか直ぐに厄介があった。

道路標識と勘だけを頼りに走行しているうちに道に迷ってしまった。

台湾の地図は頭に叩き込んでいるとは言えそれは自転車で走るスケールの地図ではない。

でもまぁ何とかなるさ なんくるないさー

迷いながらも富貴角という台湾最北端に着いた。 時計はもう15時30分を指している。

今からどれだけ急いでも九份に着くのは深夜1時を過ぎてしまう。  

宿に予約キャンセルの電話をした。

 

この日は金山という小さな町で明るいうちに宿を探すことにした。

この町は完全にノーマークだった。

名物や町の規模も知らないけれど、中心部の夜市はそこそこの賑わいだった。

その夜市を抜けた所に怡美賓館という宿があった、試しに「一泊いくら?」って聞いたら 800元=2500円と言う。

Jongの宿の2倍近くするではないか! こんなド田舎で!

ゲバラは首を振って通り過ぎたのだけど、全く引き止められなかった。

たぶんこの町には怡美賓館しか宿がないのかもしれない・・・結果そうだった。

金山の主 怡美賓館(イーメイビングァン)
金山の主 怡美賓館(イーメイビングァン)

首を振って通り過ぎた宿に今度は平身低頭で「今晩一泊よろしいですか?」と言って入った。

フロントのオババは 苦しゅ~ない といった感じ
こうなるとどっちが客か分からない。

ここ金山では怡美賓館様のお世話になる他ない。

 

部屋で洗濯を済ませて町に出た。

するとさっきまでやってた夜市はほとんど閉店していた。田舎だからなのか?

ゲバラはセブンイレブンでビールと白酒を買いそれを料理屋に持ち込んで一人宴会をした。

豚の頭皮、茹でた野菜そして〆はThe台湾ご飯の魯肉飯、それとXO醬乾拌麵というこじゃれた麺を食べた。

 

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