第五天 羅東~和仁~清水断崖~水蓮

断崖絶壁ショー 原住民の家に泊まる 走行77キロ


建物とデジタル時計がミスマッチな羅東駅
建物とデジタル時計がミスマッチな羅東駅

5月16日 

宿を出て羅東駅へ

台湾号の前輪を外し輪行袋に入れて6時58分の電車に乗った。

今回の旅は完全縦断に拘りがない。 

それよりも予備疲労なく蘇花公路、

それも危険度未知数の遺棄道路に挑みたい。

要はベースキャンプまでヘリコプターで行き、それから単独無酸素でエベレスト登頂を目指す。

 

ここまで言い訳を壮大に誤魔化すのはいかがなものか・・

さて、電車にのったゲバラに近づいてきたのは「女車掌」。

「自転車が倒れないように気を付けてね」との事

はっきり言って彼女が乗務する車両は

 

台湾コスプレ電車だ。

 

なんだこの格好は・・ 

ぶん殴ってもらい人もいるはずだ。

 

馬鹿な妄想をしていたら一駅乗り越してしまい、

新蘇澳駅まで戻った。

 

そして次に乗換えた電車でゲバラを待ち構えていたのは 神おばちゃん。

電車内で 寄席 を始めた。

何を言ってるのかさっぱり分からないけど とにかく面白い!!

動画も収録したが、こちらも酷い いや 凄い。 金の卵を発見した!

そうこうしている内に
和仁(フーレン)の駅に着いた。

なぜか(かずひと)と読んでしまう。

そうこの旅の支援者の一人の名前。 

たったそれだけで心強い。

9時きっかり、ゲバラと台湾号は蘇花公路の最大の難所 清水断崖 に突入した

 

雨がしとしと降っていた。 

それはこの時期の台湾では当然の天気なのだけど、ここにおいて雨は即ち事故率ギガマシなのだ。

蘇花公路 通称「死亡公路」

台湾警察の統計にとれば97年~08年5月までの11年間で1046人が死亡、13488人が怪我している。

何度眼をこすって見直してもこの数字は変わらない。

警察が交通死亡事故者数を盛って提示しても何も得をしない。

そして事実じゃないとウェキペディア的にもヤバい。

だからこれが夢じゃなければこの数字は本当なんだ。

 

昨晩小虎さんからのアドバイスでも一番の危険は落石だった。

断崖絶壁だからどうしても落石があってそれを踏んでタイヤがバーストしたり、石を避けて反対車線にはみ出したり、事故の原因の多くは小さな落石によるものが多い。

この道を通るドライバーはみんな最大限の注意をしている。

しかしそれでも前記したとんでもない事故件数がはじき出される。
南無阿弥陀仏

 

海岸線から清水断崖に登っている時右側の森から聞きなれない音が聞こえた。 

キュキッ キキキ」

見ると野生の猿が歯をむき出して威嚇しながら森へ消えていった。

野生の猿を見たのは初めてだった。

木から木へと忍者のように動き回っていた。
そして子猿だが 
猿も木から落ちる のをゲバラは見た。
車に突っ込まれそうになったらあの猿のように森に飛び込むしかない。

今度は 藪から棒 が出てくるかもしれない。

和仁から1時間位走ると徐々に 清水断崖ショー が始まった。

断崖絶壁と大海原のただそれだけで OMG な景色の連続。

曇り空で雨が降っていてこれだから晴れた日はこれ以上の感動があるはず。

いや曇り空の清水断崖には晴れた日以上に威厳がある。

一言で言うと「絶景」

絶景の正しい使われ方が清水断崖にある。

道は断崖絶壁の端をぬうようにあり所々トンネルがある。

そしてトンネルの横にはトンネルが完成する前に利用されていた旧道へ通ずる関所があって、人が入れないよう柵が設けられいる。

柵に近づくと愛車の謝謝台湾号が

「旧道を走りたい 走りたい」と駄々をこねるので仕方なく柵を乗り越えたが

良い子はマネをしてはなりませぬ。

自分が立っていた場所を反対側から見るとザックリえぐれていたり、自転車を担いで本当に怖い思いをして数キロ進んだところで道が完全崩落していて引き返したり散々な結果と相成った。

想像してみてほしい、何十年も前に閉鎖された道。

そこは荒れ果ていて落石だらけ、岩肌をくりぬいた細長い廃トンネルは真っ暗闇。

意を決して突き進んだはいいが様々な恐怖が次から次へと襲ってくる。

助けを求めたって誰も来ない。誰もいない。

 

でもどんだけ注意喚起してもゲバラ的馬鹿には馬の耳に念仏かもしれない。

 

11時、太魯閣の入口に着いた。

ここは隆起し大理石が川に削られてできた渓谷で世界中から観光客が来る。

ゲバラも5キロ程上流まで登ってみたが、さっきの廃道で味わった恐怖で放心状態。

 

太魯閣 何ですかそれ?だった。 写真すら撮れていない。

 

ここも中国さえいなければ間違いなく 世界遺産登録 されているのに・・・
廃道がよほどショックだったよう。

廃道はもちろんだが和仁~太魯閣まで自転車とすれ違った記憶が無い。
つまり昨日、黄小虎さんとの出会いは本当に偶然の産物だった。

13時、花蓮に到着。

いろいろな人から花蓮の評判を聞いていて出来れば一泊したいが、自転車を降りるにはちょっと早い時間だった。

 昼食バイキング300円で燃料補給し東部海岸風景区を目指した。


代わり映えしない海岸線をひたすた走る。走る。
  でもなかなか無心にはなれない。 道が平坦なほど雑念がよぎる。 

本当に無心になるには死ぬしかない そう思った。

 

そして17時、水連という本当に小さな町でこの日のライドを終えた。

5分で一周できる町で宿なんて無い。

吉幾三のあの歌を思い出す。

住民はいわゆる台湾原住民でみんな巨人にトレードされた陽岱鋼のような顔をしている。

HP http://www.cidal.com.tw/
HP http://www.cidal.com.tw/

町の外れに自然体験学校を見つけた。

ここで「軒先で寝かせてくれないか」と交渉すると原住民の女性が「実家の私の部屋でよければ使っていいよ」と言ってくれた。

旅は道連れ世は情け 思い立ったが吉日だ。

原住民の女性のスクーターを追いかけ彼女の実家に着いた。

お世話になる実家御一家は日本語の話せるお爺さん80代と要介護状態のお母さん80代、それと30代の息子さん、その子供3匹 の6人家族。

ゲバラのベッドなんすけど・・
ゲバラのベッドなんすけど・・

案内された「私の部屋」は今は物置小屋だった。

狭い室内を3匹の子供が「遊んで 遊んで」 とはしゃぎまくる。

直ぐ埃が飽和状態に達し、くしゃみが止まらない。

 

ゲバラは疲れた身体に鞭を打って外で子供達と遊んだ。
海抜20メートルの小高い丘にある水連の町、3匹の子供と海へ降りて日が暮れるまで台湾版鬼ごっこをした。

大人になってから鬼ごっこをするとず~っと鬼の役をしなければならない事が分かった。

家に戻るとキッチン兼ガレージから夕食の匂いがした。

もしかするとゲバラの分まで出てくるかもしれない

「夕食どうぞ」って言われた時「外で食べてきました」というのは大変失礼だからギリギリまで我慢していたのだけど、ゲバラがキッチンに呼ばれる事はなかった。

そうなると話は早い、21時までに帰ると言い残して町に出た。

でもここ水連は 「オラこんな村嫌だ~♪」を地でいってる所 

本当に何もない。 何も。

水連唯一の 食堂
水連唯一の 食堂

日が暮れる前に超おんぼろ食堂の場所を確認していたので行ってみるとソファーに50代の男女が2人座っていて食器を置いている机に足を乗せている。

 

金山には怡美賓館しかないのと同じで水連にはここしか食堂がない。

水蓮に迷い込んだ旅人はここで食事をする他に選択肢は無い。 

一応「客」であるゲバラが店の中に入っても店主は足を机に乗っけたまんま

ある意味、表裏のない正直な人だ。

 

ゲバラは聞いた「何か食えるものある?」

店主は少し考えてから言った

「ここで一緒に食べるか?」

 客用に何か作るのはもう面倒だから自分達の夕食をお裾分けしてくれるというのだ。

なんて親切な人達だろう。 

 

ゲバラは持ち込んだ酒を飲みながら、自分が日本人である事、自転車で旅をしている事、日本で台湾人無料の宿を運営している事など自分のアウトラインを店主らに伝えた。

すると突然女のほうが「Can you speak English?」と言うではないか?

英語が得意ではないのだけど一応頷いて「OK」と言うと

女は「How old aer you?」とたったそれだけ英語で聞いてきた。

英語で相手の年齢聞いてくるなんてもしかしたらNY出身かもしれない。

たけのこ水煮と茹でた肝臓 のみ!
たけのこ水煮と茹でた肝臓 のみ!

ゲバラはこの世界有数のおんぼろ食堂を楽しむことにした。

柱は竹、屋根はビニール、裸電球が1つ怪しげに光る。

前菜はたけのこ水煮、そしてメインディッシュは茹でた豚の肝臓。

素材の味を生かす為余計な味付けは一切していない。
今夜はたったそれだけで流行りの糖質OFFを超えた糖質ZERO 健康を意識し過ぎではないか?

また食べ始めると野良犬達が「オレにも食わせろ 食わせろ」とやって来て犬好きにはたまらないかもしれないが、

野良犬に同情でもしようもんなら糖質どころか夕食までZEROだ!

ある意味、遠出してでも行く価値のある料理店だからミシュランガイドに掲載される可能性が無いわけではない。

その後、ネイティブイングリッシュスピーカーの女が電話で友人達を呼び出し

 

水連に来た日本人を励ます会 

 

が始まった。

約束の21時はとうに過ぎたけどまぁいいじゃないか。

                                           つづく 第六天