第六天 水連~都蘭

北回帰線を超えて  走行155キロ


5月17日 

朝方、3匹の子供達が部屋で運動会を始めた。
ゲバラは昨晩の励ます会で飲み過ぎて具合が悪い。

子供達に背を向けてたぬき寝をし子供達が学校に行くのを待っていた、その時! 臀部に攻撃を受けた。 子供の一匹が起きないゲバラに業を煮やして寸止めからフルコンタクト空手に転向した。

幸い当たり所がよく打撲で済んだけど肋骨周辺に食らっていたらたぶん骨折していた。

あまり反省していないチビ
あまり反省していないチビ

 

 

子供にはその辺の線引きを教えないといけない。

 

ゲバラはそのチビを捕まえてお尻を叩いてやった。

 

 

少しは反省したかな?

 

 

原住民の家を出発したのは9時。

お礼を言ってから出たかったのに家には要介護のおばあちゃん一人っきり、何を言っても「うーあー」でお礼のしようがない。

なのであの3匹が通っていると思われる小学校に行った。

坂の上の小学校に入ると直ぐオバハン先生に職務質問されたが、偶然にもゲバラにお尻をペンペンされたいたずらっ子の担任のようだった。 いたずらチビに別れの挨拶をした。

そして「今日は台東まで行くよ」って言ったらチビは「無理だよ~」って これには先生も笑っていた。

 

それにしても昨晩の励ます会は盛会だった、ゲバラの十八番「警察犬(俺)は匂いの捜査官」という演歌まで飛び出した。

これは久留米のラーメン屋さんが出した警察犬を称える演歌で、12年前なぜか中国天津のローカルな蚤の市で売っていた。

中国から帰国後、その旨久留米のラーメン屋さんに伝えるとわざわざ沢山のラーメンとCDを送って頂いたという深いストーリーがある演歌

そのラーメン屋さんの名は 丸星らーめん 久留米では相当有名らしい。

 

話が少し脱線したが、要は飲み過ぎで体調が悪いのです。

でも今日はこの旅一番のロングライドでいきなり山越えからスタートする。

水連を出てから海抜300メートルの山越えに2時間弱掛った、本調子なら1時間掛らないであろう。

その後なんとも形容しがたい海岸線をつらつら走り、11時30分豊浜という町でお昼にした。

ナントカ海鮮店という壁一面に客のメッセージが殴り書きされている店で320円の海鮮ラーメンを頼んだ。

ゲバラ的には高額ランチでたぶん海風がそうさせた。

お味は特にコメントしない、ただここに限らず世界的に海辺で料理店を営むとどうしても魚介類メニューを提供しなければならない呪縛みたいなもんがある。

それは押しつけではなくお客のニーズにも合致しているのだけども、先進国では20世紀中に冷蔵流通システムが確立されたから海から1000キロ離れた都市でも美味しい寿司が食べられるようになった。

だから海の町で海鮮料理を提供するプライオリティは鮮度と珍しさにある。

 

しかしゲバラが豊浜という海の町で食べた海鮮ラーメンはウランバートルでも食べられるレベルだった。

さてラーメン一杯にくよくよするな、とにかく今日は距離を走らなきゃならない。
少し休んだほうがいいのは分かっているがあいにく時間が無い。
食後独特の眠気が蓄積された疲労とともに襲ってくる。
ここで寝たら終わりだ。

思い返せば今回の縦断で一番辛かったのがこの時だった。
走行しながらも睡魔に負けそうになるので太ももを強打したり大声を出しながら休む事を全力で拒否した。

 

 14時頃、北回帰線を超えて亜熱帯から熱帯に入ったが,北回帰線が台湾号のチェーンに絡んで大変だった。 こんな事ばっかり言ってるとオオカミ少年みたいに信用度を失う

 

16時、成功という街で再度燃料補給、皇家山東牛肉麺という店で牛肉餡かけ丼320円。 

これは美味かった。 

味を表現するのは難しいのですが

台湾風ボルシチ?

ターメリック抜きビーフカレー?
そんな感じです。

 

 

時間が無いので消化剤を服用し直ぐに出発した。

 

そして19時30分、この日目指していた都蘭の街に到着した。

宿泊は背包監獄(The jail hostel)という刑務所型宿で楽しみにしていたが、いたって普通で拍子抜けした。

客は英国人3台湾人1それとゲバラという構成。

投宿してから知ったがここ都蘭には通りに新しい宿もあり350元という安さで環境も良かった。
 

 

グイグイ飲んでセブンの弁当食って寝た。

                                        つづく 第七天

                                         つづく 第七天