第三天 5月12日 金山~宜蘭  走行115キロ

ノンタイトル

 

6時起床 7時出発 オレ達は意外とマジメだ。 この日はずいぶん先の宜蘭まで走る。

6年前はここ金山を6時に出発して羅東まで走っているが、今回は羅東の手前宜蘭が目的地でこれは荷物が重いせいだ。

仁史君の荷物が12キロ位でゲバラの荷物は25キロ位ある。

今回のテーマに合わせサイクルバックにはドローンと釣り道具なんかも入っている。

どちらも本格的なスペックで重く、坂道や赤信号などでのストップ&ゴーがしんどい。

 

740分 野柳地質公園に到着 8時の開園を待ちながら辺り一面で干されているシラスに近寄った。

いわゆるスーパーで売っているしらすの他にも鯵のちび助やタコの赤ちゃんなんかも混ざっている。

 

一匹つまみ食いした。    うまい! 非常に美味い!!

ノーマルしらす、鯵坊や、タコ赤ちゃん どれも非常に美味い!!

これを白いご飯の上に乗っけてかぼす醤油なんかをかけてやれば珠玉のどんぶり飯だろう。

 

 

こんな海辺の突端観光地にもちゃんと地域猫がいてそれも多くが避妊手術をしたサクラ耳猫なのには恐れ入る。 台湾は間違いなく動物愛護先進国だ。

1045分 基隆の街に着いた。 

ここは日本統治時代に大型船が入港できるよう港内を深く穿孔した。

当時は戦闘機はあったけど旅客機はまだ少なく、日本と台湾を結ぶ定期便は基隆を母港とする旅客船だったそう。

つまり当時基隆は台湾の玄関だった。

 

基隆港の海洋広場で上空を旋回する猛禽類が気になっていた時 「日本人の人ですか?」 と話しかけてきた女性二人がいた。

「突破TOPPAN」でおなじみの凸版印刷の社員との事。

袖振り合うも他生の縁というやつで彼女達に基隆を案内してもらいある場所まで連れて行ってもらった。

洋城義大利餐廳 直訳すれば 洋館イタリアレストラン だろうか?

 

実はこの洋館を建てた人が現首相の岸田さんの曾祖父だそうで、当時はイタ飯屋ではなく

岸田呉服店だったそう。

 

まぁそんなこんなで記念撮影 あんまり調子に乗って撮影しまくると更迭される恐れもあるのでオレ達は再び走り出した。

12時半、20キロちょっと走ったところでお昼にしようと思った。 オレも仁史君も朝飯抜きだった。

象頭という地区だった。 寂れた港には海鮮料理屋と観光船が点在していてどん突きまで行くと、太公望らが竿を出していた。渡し舟もある本格的なポイントのようだ。

 

女が話しかけてきた。 なんだか分からんが店に寄っていってとの事。 丁度良い。

カフェの名は B1 cafe 鼻頭1號咖啡 という。

酔狂で環島(自転車台湾一周)ライダーを対象に軽食ドリンクセットを無料で提供しているそうでご厚意に甘える事に。

 

 

ちなみに店長と副店長は猫で副店長に至っては体に3つも💛マークがある。

 

場末の漁港にこんなお洒落なカフェが存在するのが不思議に思った。

15時過ぎ もう少しで福隆(台湾の湘南)に入りそうな辺りで左側につり橋が見えた。

ワイヤー牽引型で揺れるタイプのつり橋は魅力的だった。

何処に出るのか分からないのもいい。

 

結果オレ達は砂浜を手押しで数キロ歩く事になったが思いのほか楽しかった。

その後長い長いトンネルを抜けて海岸線をつらつら、つらつらと走り

宜蘭に着いたのは19時。

そんな時間までしらふでいられる訳もなく、17時にはコンビニに寄ってプシュっと一杯やってる訳で、水分補給しながら検索したヒットした宜蘭の宿は 1919背包客桟。

10人部屋1600

 

シャワーを浴びてから洗濯物を抱え街に出た。

 

宜蘭の街は人と人がふれあい易い「あまり大きくもなくあまり小さくもなく欲しいものにも困らない」

コンパクトスモールシティの良さがある。 

近くの東門夜市でオアジェン(台湾牡蠣オムレツ)などをつまみに宴会を始めた。

 

 

23時半 就寝。


第四天 5月13日 宜蘭~花蓮 鉄路+走行45キロ

宜蘭は朝から凄かった  防犯カメラに映る仁史君

 

6時起床 仁史君はまだ夢の中なので朝の宜蘭探検に出た。

宜蘭駅の西口を駅の反対方向に進むといきなり好きなやつが出てきた。

朝市だ。

食に纏わるありとあらゆる物、売り手買い手 行きかう人々の生活感、

第三者にとってその情景は「宜蘭の日常」というオペラのよう。

これは本当に素晴らしい。

 

朝市外れにある自助飯屋(好きなもの勝手に選んでご飯をもらって会計は店主の胸先三寸)で珍しく朝飯を頂き大満足で宿へ戻ると向こうから仁史君が歩いてきた。

 

感動は共有したい質なんで仁史君にも大満足自助飯屋(想您自助餐)を紹介した。

10時イクイクドミトリーを出て 三星 に向かった。

三星は日本だと秩父とか奥多摩にあたる僻地で 台湾小学生が選ぶ遠足先ランキングでいつも最下位だ。

というのは嘘だ。

なぜそんな所に行くのか? これは仁史君にも伏せていたが、個人的に因縁浅からぬ女性の娘ちゃんがそこ三星に縁があるから。

もちろんそんな理由だけで仁史君を巻き込むはずはない+葱がある。

 

 

なんにもない三星には葱がある。 いや、葱しかない。

そんなこんなで三星の人達は葱と心中することにした。

 

街の中心部には青葱文化館を建立し、街のゆるキャラももちろん葱、ラーメン屋でラーメンを頼んでも葱ラーメンが出てくるし凄い店になると箸が葱だ。このうち一つは嘘だ。

12時 三星に到着。 雨の中少し迷い遠回りしちゃったけどいい時間に着いた。

早速、三星青葱文化館 に行くと

 

「よくも葱一つでそこまで話を広げれますね」 という驚嘆の館 なんせ 葱 文化館 だ。

 

葱 葱 葱 葱 葱 葱 葱 葱 葱 葱 葱 葱 葱 葱 葱 葱 葱 葱 葱 葱 韮 葱 葱

 

葱という植物を掘り下げて考察し終いには葱の気持ちになってみる葱主権

 

(注釈) 葱政治の特色を表している言葉としてアメリカ葱が述べた「葱の葱による葱のための政治」があります。この言葉には葱が政治の主役である事が端的に示されています。

 

よって採取的方法で葱が料理や地域のあり方を決める主権者(葱主権)であることが大切です。

 

嘘だと思うなら三星まで(余談だが孤独のグルメの五郎さんも2015年に立ち寄ったそう)

14時、三星から羅東まで走行。 

6年前に泊まった安宿は無くなっていたけど、街並みは変わっていない。 

以前拝観したお宮に行ったら手招きされ大正時代の刻印が入った石碑なんかを紹介された。 

聞きしに勝る とはこの事で、台湾は昔日本だったのだ。 

古き良き日本精神を教育された子供達は今は80歳以上の高齢者ばかりになってしまったけど、その精神性は今の台湾人にも受け継がれている。 

 

オレ達は羅東1537分発 の電車に乗った。

蘇花公路はもう6年前に走った。 

あそこは21世紀に入ってからの統計で10年間で1046人が死亡している。

好奇心を押し殺し安全性を優先する場合、自転車を輪行させ電車に乗ればいい。

 

(各駅停車の鈍行列車ならば料金1.5倍で自転車そのまま電車でGOでき、それ以外の急行なら前輪を外してカバーを掛ければ通常料金で乗れます)

1717分花蓮に到着。

5年前にもお世話になった 途中花蓮青年旅舎 に行ったら空きベッドはあるそうなので即決。

オレ達が宿に着いてまずする事、それはシャワーと洗濯。 それから酒。

このルーティンは鉄板なんだけど、この日は酒を飲む前に自転車屋に行く必要があった。

オレの愛車君のフロントギアに違和感があったし福隆で砂を食ったのでオバーホールしたかった。

言われた通りの所に自転車屋はあった。 樂單車自行車行 という見るからにしっかりした自転車屋さん

そこで上記した懸念事項を伝え待つこと20分 愛車は復活した。

その上 「お代はいらない」 ときた。

日本は台湾にコロナワクチンくれたからいらないそう。

 

代わりに皆で写真を撮った。

さて酒だ。 コンビニで酒を買いそのまま飲んでいた時そのセブンイレブン花蓮蓮圓門市店の女店員は話しかけてきた。

 

「もしかして1000元落としていませんか?」

 

「いや そんなことは無いと思うけど・・」 けど けど オレの目の前にいる男は確か成人過ぎてから3回財布を失っているし、その内2回はスリにやられている注意散漫 男の一代記 鈴木仁史だ。

オレは仁史君のジップロック(財布)の中の1000元と落とし物1000元を拝借し手の中で合わせた。

すると折り目がキッチリと照合する。 99分間違いない。 が100%ではない。

そこでオレ達は流行りのビデオ判定を求めた。 

 

すると店員の反応は「ハイ 分かりました。 20分位お待ち下さい」ときた。

 

どこまで誠実なんだろう・・ たぶんこれも戦後の日本人が失ってしまった日本精神ってやつなんだ。

 

オレ達はそのビデオ判定を向かいの店で待った。

オレは仁史君に言った。

「たぶんあの1000元はお前に戻ってくる。 その1000元だが普通に使っても面白くないから、1000元分の花束を買って彼女(店員)に渡したらどうだ?」

 

それに対し

「ギャハハ トレンディドラマみたいなこと言ってんじゃねーよ」 と注意散漫男は言う。

 

そんなこんな、セブンイレブンの防犯カメラには1000元を落とす鈴木仁史がまんまと映っていた。

彼は1000元戻ったその足でミルク専売店に行きナントカ牛乳を2つ買って誠実セブン店員2名に渡していた。 

親切な店員へのお礼を済ませオレ達は花蓮名物 扁食 を食いに出た。 

5年前花蓮に来た時この扁食という花蓮名物の巨大ワンタンが非常に美味かったからそうした。

扁食も手もみ麺もどちらも美味かった。 いやはやなんとも美味かった。

 

 

10時半 就寝


                      つづき